2月3日,シリアにおける邦人拘束事案を受け,当大使館において邦人安全対策連絡協議会を開催しました。また,エボラ出血熱(EVD)の状況について,WHO西太平洋事務局のメディカル・オフィサーから説明を行っていただきました。その際の会議の議事録は以下のとおりです。
1 日時・場所
(1)日時:2月3日午後2時から午後4時まで
(2)場所:当館3階大会議室
2 協議会概要
(1)天野次席公使挨拶
フィリピンでは,OFW(Overseas Philipino Workers)が多数海外で労働しており,エボラ出血熱の輸入感染のリスクもあり,また,主にミンダナオにおいては,反政府イスラム過激派組織,共産主義組織によるテロ事件が発生していることから,日頃から危機管理意識を強く持つことが要求されています。
一方,こうしたなかで,ご承知のとおり,シリアにおける邦人拘束事案が発生し,日 本政府はこれまで解放に向け,最大限の努力をしましたが,残念ながら,当該邦人2名とみられる者が殺害された画像がインターネット上に掲載されました。政府は,海外における邦人の安全対策強化をより一層行うこととしており,本日はこの一環として,皆様にご参集いただきました。この機に改めて危機管理意識を強く持っていただくようお願いします。
(2)シリアにおける邦人拘束事案
ア 事件経緯等
(これまでの一連の経緯,ISILの声明を説明しつつ)2月1日の声明では,日本国民を明確にターゲットにしたものと言えます。今回の事案を通じて,改めて日本人はテロのターゲットとなったことを再認識するとともに,日頃からの危機管理意識を高めてことが重要です。また,この事件を踏まえ,外務省から渡航情報(広域情報)が発出されており,さらに,当館からも1月22日,2月2日に本件に係る注意喚起を発出しているほか,1月27日には,ミンダナオ地域におけるテロ等の脅威に関する注意喚起のスポット情報も発出していますので,併せてご参照ください。
イ フィリピンへの影響
フィリピンにおいては,特にミンダナオ地域を中心に,反政府イスラム過激派組織であるアブ・サヤフ・グループ(ASG),バンサモロ・イスラム自由戦士団(BIFF),共産主義である新人民軍(NPA)がそれぞれ活動しており,爆弾テロ,誘拐等が発生しています。当館からも累次のとおり,注意喚起をしていますが,今次シリア邦人拘束事案を踏まえて,フィリピンへの影響を考慮すると,特に,ASGとBIFFの活動等に注視する必要があります。ASGは,昨年9月ドイツ政府に対して,ドイツ人人質の解放条件として身代金要求のほか,有志連合国によるISILへの空爆支援を止めるように要求しました。また,BIFFは,同じ時期にインターネットのSNSを通じて,ISILと恒常的に連絡をとっており,ISILと同盟を結んだと一方的に主張しました。これについては,身代金を要求している等からいわゆる便乗誘拐であろうとの見方や,自分たちの利益確保やフィリピン政府とのやりとりにおいて優位に立つためのブラフ等の見方もありますが,ISILと両組織の連携を否定する情報も確認されていません。したがいまして,最悪の事態を想定し,安全対策措置を講じることが重要と考えます。特に,当館で危惧しているのはASGの動向であり,この事案を契機に昨年発生したようなドイツ人誘拐のような事案が発生する懸念を有しています。
ウ 対策
誘拐は,テロ組織によるものと,犯罪組織によるビジネス誘拐もあります。このため,この対策として,日本人がターゲットとなっていることを再認識するといった「心構え」,単独行動を避ける,不審者・不審車両がないか確認する,ルーティンの行動を避けるといった「誘発する環境を作らない」,良好な人間関係構築といった「人間関係」,出張等の会社情報を不用意に従業員等に伝えないといった「情報管理」の4点について,ご確認・参考にしてもらい,安全対策措置を講じるようにお願いします。
エ 渡航情報(危険情報)
各日系企業から,ミンダナオ地域における渡航情報の見直し(緩和)の要望があることを承知しています。実際に渡航された方のなかで,具体的な脅威を感じなかった等の印象を持った方もおられるとは思いますが,我々は目に見える明白な脅威だけではなく,潜在的な脅威にも重きを置いています。こうした観点から分析した結果が,現在発出している渡航情報であり,主にミンダナオの中部・西部においては,渡航延期勧告等を発出しています。渡航目的を問わず,これら地域には渡航しないように改めて要請させていただきます。
(3)2014年における邦人援護状況
ア 比における犯罪統計
フィリピン国家警察が発表した犯罪統計によれば,2014年の全国犯罪総認知件数は約116万件(対前年比約12%増)です。これはフィリピン国家警察が取り扱った件数約71万件に加え,バランガイ・ポリス等の取扱件数を含めた総計です。
殺人や強盗等の重大犯罪は軒並み増加しており,殺人事件は18,268件,傷害事件232,685件,強盗事件は52,798件も発生しています。殺人については日本の約15倍以上,強盗事件については約10倍以上の発生件数となっています。
フィリピンの治安に改善の兆しは見られないことから,引き続き十分な注意が必要です。
イ 邦人援護統計
こうしたなか,当館では昨年約750件の邦人援護案件を取り扱いました。ただし,これは当館が把握し,対応にあたった件数のみであり,実際の邦人被害件数はこれを上回るものと思われます。
分類比では,犯罪被害が約20%で援護事案の第1位。その他困窮17%,各種相談(金銭トラブル等)16%,比政府手続き等に関する相談12%,疾病事案11%等です。
2014年は,不幸にもフィリピン国内で7名の邦人が殺人被害に遭いました。また,邦人が強盗や窃盗被害(特に睡眠薬強盗やタクシー強盗など)に遭う事案も多発しています。その他,大型台風の上陸や火山の噴火等自然災害も恒常化しており,引き続き十分な注意が必要です。
ウ 情報提供
このようなフィリピンの治安状況とその対策について,大使館では①外務省海外安全ホームページ(危険情報・スポット情報等),②当館ホームページ(「フィリピンにおける安全対策」及び「海外安全対策情報」),③メールマガジンやINSIDE(緊急一斉通報メール)を通じた注意喚起等を行い,随時安全啓発を実施しています。
今後の課題としては,インターネット環境にない邦人に対する情報提供です。是非とも安全対策連絡協議会の各団体からも情報の拡散をお願いします。また,邦人が事件・事故に遭遇した等の報に接した場合は,大使館にもご一報ください。
(4)エボラ出血熱(WHO・WPROメディカル・オフィサーによる講義)
ア 背景
(ア)病因及び感染経路
エボラ出血熱は,エボラウィルスによる感染性疾患であり,フィロウィルスに属します。エボラウィルスは何処にあるのか分かっていませんが,コウモリがウィルスを保持しており自然宿主と考えられています。ウィルス保持者のコウモリが野生動物に捕食等されることで,野生動物がウィルスに感染し,動物から人へ,人から人へ感染します。
(イ)体液から感染するリスク
まず,EVDは,空気感染はせず,また,感染していたとしても,無症状者から感染することはありません。ウィルス感染者から他者への感染は,感染者の症状悪化や感染者が死亡して間もない場合には,ウィルス量が増加しているため,血液,吐物,排泄物等に接触することで感染リスクが高くなります。また,感染者が回復したとしても,回復後,3か月程度,精液や母乳にウィルスが生存しており,感染するリスクがあります。感染者の汚れたシーツや使用済針を含む汚染された道具に接触することで感染するリスクが高く,このため,医療従事者は高いリスクがあるほか,死亡した感染者の世話をした者もリスクが高くなっています。
(ウ)エボラの病原性及び臨床
ウィルスの侵入は,皮膚や粘膜の傷から侵入し,最初の感染後、すべての臓器へウィルスが伝播します。その後,肝臓,脾臓,腎臓の壊死を中心して広範な組織障害を起こし,血管の不安定性とショックを与えます。潜伏期間は,2から21日間とされていますが,症状の発症は,5から10日間で現れることが多いとされています。死亡率は24%から89%と幅があります。現在西アフリカで起きているケースでは,死亡率は60から70%と言われており,一方,国際医療関係者の死亡率は10から20%とみられています。死亡率が低い要因としては,先進国においては,体液保持を中心とする集中治療が可能なことが挙げられます。ワクチン等については,すでに開発されているものがあるものの,安全性や有効性は限られているのが現状であり,開発中の段階にあります。治療については,主に体液保持集中治療のほか,鎮痛剤,鎮吐剤,抗菌薬などの薬物治療も行います。その他の治療方法として,EVDから回復した患者の血清を用いる方法がありますが,まだ確立はされていません。
(エ)過去のアウトブレイク
感染症の歴史として,例えば,インフルエンザは古代ギリシャ時代から確認されていますが,EVDは,1976年,ザイール(現コンゴ民主共和国),スーダンにおいて2つのEVD事例が同時に記録されたのが初めてであり,非常に新しいものです。この40年間に,アフリカ大陸7国から23以上のアウトブレイクの報告があり,延べ2300人以上が感染し,1500人以上が死亡していますが,発生しても,暫くして終息することからあまり注意が払われていなかったかもしれません。現在の西アフリカのアウトブレイクは,2013年12月にギニアの2歳の子供が発症したことから始まっており,ウィルスはザイール株で,西アフリカでのアウトブレイクは初めてです。
イ 世界におけるエボラ出血熱の現況
(ア)EVD報告国
広域かつ持続的な感染がみられる国は,西アフリカのギニア,リベリア,シエラレオネであり,これら3か国に共通する事項として,内戦が発生し,最貧国であることが挙げられます。限定的な感染がみられた国として,現在観察中は英国であり,12月29日に症例が確認されています。観察期間を終了した国として,マリ,ナイジェリア,セネガル,スペイン,アメリカがあります。マリ,セネガルは持続的な感染が現在もみられる3か国の隣国であることが要因であり,ナイジェリアのケースは,同3か国から飛行機にて伝播し,感染者が病院で治療を受けたところ,病院を中心に発生しました。スペインでは,ボランティアの宣教師が感染し(その後,同宣教師は死亡。),同宣教師から看護していた看護師が感染しました。アメリカのケースは,リベリアからテキサス州に渡航したところ,同州でEVDが発症し,これもケアしていた看護師に感染しました。患者は死亡したものの,看護師はその後回復しています。
(イ)EVD症例数及び新規症例の出現状況
1月25日現在,ギニアでは2917の症例のうち1910人が死亡,リベリアでは8622の症例のうち3686人が死亡,シエラレオネでは10518症例のうち3199人が死亡しています。世界全体では,22092の症例のうち,8810人が死亡しています。やはり,西アフリカ3か国における確定症例数が非常に多くなっています。ただし,これら3か国でも,確定症例数は徐々に減少傾向している趨勢であるものの,シオラレオネの北西部等は,一部まだ新規症例の出現が高くなっています。
(ウ)現アウトブレイクの特徴
これまで,過去に23例がありましたが,今回のアウトブレイクは前例にない特徴があります。まず,前例のない規模と複雑さ,過去最大規模,医療従事者がハイリスク,内戦の影響で医療保険システムが脆弱,遺体埋葬時の習慣等が挙げられます。このうち,例えば,医療従事者はマラリア患者の対応をして,マラリアに感染することはありませんが,今回はおそらく800名ほどの医療従事者が感染し,その半数が死亡したとみられている等医療従事者のリスクが顕著です。また,遺体埋葬時の習慣で,遺体に触れることが多く,これが規模を多くした要因と考えられます。
(エ)WHOの対応
まず,2014年7月28日にERF(Emergency Response Framework)のGrade 3 Emergencyを宣言し,8月8日には,世界保健規約(2005年)に基づく公衆衛生上の国際的な危機宣言,同月28日,エボラ対応ロードマップの発表をし,9月19日には,西アフリカで感染が広がるエボラ出血熱への対応のためにUNMEER
(UN Mission for Ebola Emergency Response)を設置し,展開しています。エボラ対応ロードマップのゴールとしては,エボラの感染を6から9か月以内,2015年5月を目処に阻止し,国際的な伝播を防止すること,また,2015年6月までに症例数ゼロを目指しています。
ウ 西太平洋地域の現状と対応
(ア)西太平洋地域のリスク,エボラの疫学状況
西太平洋地域では,EVD感染例は認められていません。また,地理的な要因からEVDの輸入例の可能性は低いと考えられます。ただし,1度流行すると,その国の対応能力に委ねられることとなり,二次感染,医療従事者の感染,医療システムへの負荷,政府の信用失墜,経済的な損失等影響は非常に大きくなります。前述のとおり,西太平洋地域ではEVDの感染例は認められていませんが,一方,8の加盟国からアフリカから戻ってきた者に対して,これまで少なくとも,31名が調査を行っており,その90%以上が流行国の渡航歴があります。31名の調査の結果,入国時調査が11例,帰国者の健康監視時に調査対象が11例,医療施設で検知されたのが8例,その他1例となっていますが,いずれもEVDの感染例はありません。
(イ)西アフリカとの交通とWHO西太平洋事務局の協力
WHO西太平洋事務局の加盟国・地域のうち,西アフリカとの交通で,一番多いのは中国です。WHO西太平洋事務局として,①西アフリカにおけるエボラ対応の支援,②西太平洋地域の国連加盟国の準備支援,③WHOの対応能力強化の3分野について協力することとしています。①については,例えば,西アフリカ地域に専門家の派遣等,②と③は地域内の準備状況のレベルを確認し,調査,訓練,弱点分野の強化支援することとしています。特にエボラの準備のための枠組みとして,「命令系統と協調」,「サーベイランスとリスク評価・対応」,「検査室診断」,「診療と感染制御」,「入国時を含めた公衆衛生対応」,「リスクコミュニケーション」の6つの重点分野としています。また,WHOと赤十字社による研修を行っています。
3 質疑応答等
(1)エボラ出血熱関係
(問):このEVD対応において,在留邦人として心掛ける点はどういうところでしょうか。
(答):一言で言えば,「正しく怖がる」ということです。つまり,EVDを正しく理解した上で,予防措置を講じることです。また,早期発見・早期治療を心掛けるほか,自分で自分を守ることも重要です。こうしたことから,本講義を受けたことも十分効果はあると考えます。
(問):WHOから各国への検疫指導はどうなっているのでしょうか。また,フィリピンはどうでしょうか。
(答):世界規約の宣言のなかで,旅行者の制限は勧めておらず,感染者に接触・触れたことがない限り,強制隔離をしないように求めています。フィリピンは,リベリアPKO要員が比に帰国した際,3週間の強制隔離を実施しており,事実上の強制隔離措置を講じていることから,WHOとして懸念しているところです(その他,出席者からフィリピン政府の取組として,10名以下のフィリピン医療従事者が西アフリカ3か国に渡り,モニタリングを行っている旨の補足説明がなされました。)。
(2)誘拐対応
(問):実際に誘拐拘束事案に遭遇した際はどのような行動をとるべきでしょうか。
(答):事件発生は一瞬のことであり,逃げる余裕もないことがほとんどだと思われますが,万が一にも逃げられる状況にあれば,まず逃げることです。ただし,拘束された後は落ち着いて犯人側に言われたとおり行動するしかありません。その際,犯人とのアイコンタクトは極力避けること。犯人側と徐々に人間関係を構築する努力をするとともに,自ら日時の管理をする,与えられた食事は食べることです。犯人側にとって人質は「商品」であり,常用薬があれば要求しても良いでしょう。再び元の生活に戻れると信じ続けることも精神安定上必要であり,また,いざ救出となった際に動けるように可能な限り体を動かし体力を維持おくことも大切です。なお,救出作戦が始まったら,出入口ドアには近づかず、両手を上げて伏せることが大切となります。
(3)その他(情報提供・共有)
参加団体から詐欺事案にかかる以下の情報提供がありました。
個人で雇っているフィリピン人使用人に対して知らない者から,自分(雇主)が怪我 をしたので,至急金を持参するようにとの電話が架かってきました。自分はたまたま自宅にいたため事なきを得ましたが,いわゆるオレオレ詐欺の類いと思われます。その後警察から助言を得たところ,電気代や水道代等の請求書はシュレッダーで裁断するか,焼却することが望ましいとのことでした。請求書をそのまま捨てた場合,その情報を犯人側が承知することとなり,犯人側はそれらの請求金額から資産等を計算し,要求額(被害者が支払えるだろうと思われる額)を決めているとみられるためだそうです。
以上