1.社会・治安情勢
(1)一般治安情勢
(ア)フィリピンにおいては引き続き強盗・窃盗事件や銃器を使った殺人事件が多発している。特にマニラ首都圏においては,邦人観光客が睡眠薬強盗やタクシー強盗などのほか窃盗・スリ被害に遭う事例が跡を絶たない。また,現職警官や偽警官による強盗事件,さらには主要空港の税関職員や保安検査職員による恐喝事件も発生しており,十分な注意が必要である。
(イ)フィリピンにおいては銃規制の緩さから些細なことでも生死にかかわる事態に発展する危険性があることを十分認識し,特に夜間は歓楽街や人通りの少ない裏通りの一人歩きを避ける,万一被害に遭遇した際は無理な抵抗はせず冷静に対処する,口論や争いを避け他人の恨みを買わないよう言動に注意する,など慎重に行動する必要がある。
(2)政治的安定度
2010年6月に就任したアキノ大統領は,汚職,腐敗の撲滅,治安強化及びミンダナオ和平推進を重要政策として掲げ,国民からの高い支持率を背景にこれまで安定的に政権を運営してきている。しかしながら,昨年1月にミンダナオ地方マギンダナオ州ママサパノ町において発生した治安部隊とモロ・イスラム解放戦線(MILF)の大規模な衝突への対応ぶりをめぐって,フィリピン政府への批判が高まり,直後のアキノ大統領の支持率にも影響を与えた。
(3)反政府勢力の動き
(ア)イスラム系反政府武装勢力
2014年3月,比政府とモロ・イスラム解放戦線(MILF)は包括和平合意に署名し,最終和平合意へ向けた移行作業が本格化する中,モロ民族解放戦線ミスアリ派(MNLF-MG)やバンサモロ・イスラム自由戦士団(BIFF)等,政府とMILFの和平プロセスに不満を抱く反政府武装勢力がミンダナオ地方において国軍や警察等治安機関と衝突を繰り返しており,ミンダナオ地方の治安情勢については依然として不安定要素が大きい。また,アキノ政権中でのバンサモロ基本法の可決が困難になり,状況が不安定となる可能性もある。その他,イスラム武装勢力アブ・サヤフ・グループ(ASG)も引き続き国軍等治安部隊との間で交戦しており,また,ミンダナオ西部地域等において資産家や外国人を誘拐するなど,これら反政府武装勢力の動きも予断を許さない状況にある。
また,BIFFやASGなどのイスラム武装組織は,シリア・イラクにおいて活動するイスラム過激派組織「イラクとレバントのイスラム国(ISIL)」等と同盟を結んだと表明又は主張しているほか,ISILに忠誠を誓ったとする武装組織がリクルート活動も行っており,今後もISIL等に呼応し,外国人誘拐,テロ活動を活発化させる危険性があることから,十分な注意が必要である。ISILはかねてより日本人の継続的殺害を表明していることに加え,昨年9月,ISILが機関誌「ダービク」にてマレーシアやインドネシア等の日本の外交使節を標的としたテロ攻撃を呼びかけたことにも十分留意する必要がある。
(イ)共産系反政府武装勢力
フィリピン共産党(CPP)の武装組織である新人民軍(NPA)は,ミンダナオ地域,ルソン地域及びビサヤ地域の広い範囲で国軍や警察等治安機関と頻繁に交戦しており,また「革命税」の支払を拒否する企業への襲撃・恐喝,資金獲得の為の誘拐等を継続して行っている。2014年3月,フィリピン治安当局がフィリピン共産党(CPP)党首及び同幹部を逮捕したことなどにより,NPAが報復的ゲリラ活動を活発化させる虞もあることから,引き続き十分な注意が必要である。
(4)対日感情
概ね良好である。
2.一般犯罪・凶悪犯罪の傾向
(1)フィリピン国家警察が発表した犯罪統計によれば,2015年10月から12月の犯罪種別の内訳は以下のとおり。
殺人 3,134件(うち殺人2,468件,傷害致死・過失致死666件)
傷害・殺人未遂 11,403件
強姦 2,429件
強盗 7,364件
窃盗・スリ・ひったくり 18,210件
車両強盗 3,304件
(2)邦人被害事案
(ア)10月~12月,首都圏マニラ市の飲食店やマカティ市のショッピングモール等において睡眠薬強盗被害が多発。2~3人組の女性らに声をかけられ,飲食を共にしたところ,意識を失い,現金や携帯電話を盗まれるもの。
(イ)10月~12月,首都圏のレストランで置き引き被害が多発。犯行グループは客を装いレストランに入り,レストラン従業員の気を引くなど役割分担をして,客が足下に置いた鞄等を置き引きしている。
(ウ)10月~12月,首都圏の路上でひったくり被害が多発。バイクに乗った男にいきなりかばん等をひったくられるもの。
(エ)10月中旬,ビサヤ地方セブ州セブ島で邦人男性が,バイクタクシーの運転手に銃撃され負傷。
(オ)11月中旬,首都圏パサイ市からケソン市に向かう路線バスに乗車した邦人男性が,車内でかばんの中に入れていた現金を抜き取られる。
(3)邦人以外の被害事案
(ア)10月上旬,ルソン地方カビテ州アマデオ町の民家で,住人である韓国人男性及びその中国人妻が何者かに射殺される。
(イ)10月上旬,首都圏マニラ市エルミタ地区のアドリアティコ通りで,シンガポール人男性が現金を強奪される。
(ウ)10月上旬,首都圏マニラ市エルミタ地区の路上で,オーストラリア人男性及びイギリス人男性がかばんをひったくられる等の窃盗被害が相次いで発生。
3.テロ・爆弾事件発生状況
(1)10月上旬,ミンダナオ地方南コタバト州ポロマロク町で,走行中の路線バスが爆破され,乗客18名負傷。
(2)10月上旬,ミンダナオ地方バシラン州イサベラ市の市長宅前路上で,爆発物が爆発し,7名死亡,11名負傷。
(3)10月下旬,ルソン地方イサベラ州ディナピゲ町で,革命税の支払いを拒否した鉱山会社が,NPAの襲撃を受け,重機等を焼き打ちされる。
(4)11月下旬,ミンダナオ地方スルタンクダラット州イスラン町の祭り会場で,男が手投げ弾を爆発させ,11名負傷。
(5)12月上旬,ミンダナオ地方コタバト州マタラム町の路上で,何者かが手投げ弾を爆発させ,5名負傷。
(6)11月下旬及び12月中旬,ビサヤ地方サマール州で,台風第27号被害に係る復興支援活動に従事していた国軍をNPAが襲撃,国軍兵士が死傷。
4.誘拐・脅迫事件発生状況
主に実業家,資産家を狙った身代金目的の誘拐事件は,引き続きミンダナオ地方を中心にフィリピン国内で多く発生している。
今後,ASGなどのイスラム過激派がISILに呼応し,外国人誘拐,テロ活動を活発化させる危険性があることから,十分な注意が必要である。
(1)10月上旬,ミンダナオ地方北サンボアンガ州ディポログ市で,イタリア人男性が武装集団に拉致される。
(2)10月中旬,ミンダナオ地方南アグサン州ロレト町で,町長及びその息子がNPAとみられる集団に拉致,殺害される。
5.日本企業の安全に関する諸問題
当地においては,一般的に企業及び個人に対する恐喝,脅迫,誘拐等が少なくなく,日系企業(社員)に対する脅迫事件も発生するなど,進出日系企業関係者は,企業自体及び社員の安全に関し常時注意を要する。特に,NPAは,マニラ首都圏やセブ首都圏などの都市部を除き,地方に展開する民間企業に対して,環境破壊,住民搾取等の名目で「革命税」を要求し,企業側が応じない場合には,企業への脅迫,恐喝等の行為や襲撃等を繰り返していることから,現地採用職員の動向も含め,日頃から情報収集を行うなど十分な注意が必要である。また,首都圏から遠隔地に所在する日系企業では,上述1(3)のとおりASG等イスラム系反政府武装勢力の動向には細心の注意を要する。
以上